第二編 地頭時代

第一章 神西の地頭


 八幡宮古証文には

 小野高通 波加佐村へ御入部。年は貞応2(1223)癸末(みずのとひつじ)。とあり、

 十楽寺の縁起には

  創立 貞応2年癸末年
  沿革 鎌倉の住人神西三郎左衛門小野高通この地に封(ほう)ぜられ…

とある。こうして地頭、神西三郎左衛門は貞応2年(1223)にはじめて来たものである。この武士は、関東武士で、古庄という所に住んでいた。彼は鎌倉幕府の家来であるから、承久の乱の後、神西地頭に任命されたものである。つまり承久の乱(1221)後、北条氏は、親王・公卿(くげ)の所領の多くを没収して、その没収地に地頭を配置したのである。これ以前に、源頼朝の配置した地頭を本補地頭という。これに対し、承久の乱後に配置したものは、新補地頭と言われるが、小野高通は新補地頭らしい。これより49年後の文永8年(1271)の文書に神西の地頭の名が出ている。

 神西本庄地頭 海瀬又太郎 文永8年(1271)11月 田積五十町歩
 神西新庄地頭 古庄四郎左衛門入道子 文永8年11月 田積83町7反歩

 ここで神西本庄と新庄の区別を明らかにして、その地区を推定しなければならないが、なお附近の地頭もあげておこう。

  常楽寺地頭 佐貫弥四郎 文永8年1月 田積16町歩
  木津、御島、一向畑等地頭 乃木四郎子 文永8年11月
  知井社地頭 片山二郎入道 文永8年11月 田積20町5反60歩

 右文書の木津は毛津で、一向畑は畑のことである。また、御島は大島のようである。知井社は今の知井宮村の氏神社のことであろうと思われる。

 さて、神西本庄、神西新庄の地域は現在のどこにあたるかということであるが、本庄とは今の東分であろうと思う。新庄とは、西神西・三分・二分をいうものであろうか。そのわけは、ずっと後であるが、永禄5年(1562)の文書に、「新本庄の内三分」とあるからである。新庄の次にまた1つ新庄(新しい村と考えてよい)が出来ると、前の新庄を新本庄という。こうして三分あたりが文永8年の神西新庄にあたるように思われる。

 次に、本庄地頭の館址(やかたあと)はどこかという問題であるが、麓谷の空ノ垣地山に、館、つまり城があって、その附近に、現在5、6基の墓と、五輪塔墓が5つ、6つ散在している。ここで問題になるのは、東組の丁の内である。丁は庁の略で、字(あざ)丁の内は、庁の内すなわち館址、城地の意味かとも考えられる。山に登って見ると、中央に小高い所があり、東西が低く、西に切り岸がある。東は今、用水川があって、「堀切り」という名を残している。その前面、すなわち大手は、東方ではなく南方である。大手通りの左方、つまり東方は、「築廻し」という。この山の北背は、数度にわたって削り取られているので、もとの形が認められない。

 また、当時の武家の習わしとして、八幡宮一宇、禅寺一院を置いて、領内の鎮護としなければならなかったが、崎原にある「若宮」は、東組貴船神社の境内にあったものを移したものである。(貴船神社へも他から移したものであろう。)この「若宮」とは八幡宮のことである。

 玉泉寺は天正7年(1579)の創建といわれるが、その西に庵寺があった。寺の墓地を見ると、庵時代の墓らしいものが2基見える。その1基には、「応云(うん)全名菴主」の銘がある。そういうことからみて、玉泉寺時代の前に、廃寺同様の草庵があったことがわかる。この草庵は、海瀬地頭の尊崇した禅寺の跡ではあるまいかと思う。海瀬地頭についてはすべて後日の研究を待つものであるが、この地頭もあまり長くは続かなかったものと考えてよい。

 丁の内山は、今は寺山ともいう。城地にしてはあまりに小さいというのは誤りである。この時代の山城(1やまじろ)はすべて小さい。ことに、50町歩の地頭が抱えている武士は10人か20人かである。出雲では戦国時代に、石見では足利尊氏頃に、山城も大形のものをつくるようになった。



山城は山形によって多少変則のものもあるが、大体上図のようである。前面は2大手(おおて)で低く、出入りロである。背面は3搦手(からめて)であり切り岸にしてある。切り岸は敵が上れないためにつくる。4本丸には櫓(やぐら)をおく。ここは平地にするから、一ノ平(たいら)という。本丸から二ノ平に下りる坂道はたいてい曲りくねっている。二ノ平、三ノ平あたりには馬乗り場のある場合もある。多くは城主の館を三ノ平あたりにおく。石垣は多く用いない代わりに、木の柵を作る。戦国時代の終わり頃から鉄砲が用いられるようになると、山城をやめて、平地に城を築くようになった。

  【注】1山城=山頂または山腹につくった城、2大手=城の表門、3搦手=城の裏門、4本丸=城の中心になる場所

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